AI異常検知とは?従来手法との違い・メリット・製造業での活用事例と代表的アルゴリズム7選
2025.10.05

製造現場では、設備の突然の停止が大きな損失につながります。1台の生産ラインが10分止まるだけで、数十万円~数百万円規模のロスになることも珍しくありません。熟練保全員の減少や人手不足が進むなか、「異常の兆しをいかに早く、正確に捉えるか」は、工場の安定稼働に直結する重要なテーマです。
こうした課題に対して注目されているのが、AI(人工知能)による異常検知技術です。AIは膨大なセンサーや画像データの中から、従来では見逃してしまうような異常も捉えることができます。
本記事では、製造業における異常検知の重要性から、AIがどのように異常を見つけるのか、従来手法との違い、実際の活用事例、そして代表的なアルゴリズムをわかりやすく解説します。
AIの専門知識がなくても理解できる内容をめざして執筆しました。自社の保全や品質管理にAIを活用してみたい方は、ぜひ参考にしてください。
目次
- 製造業における異常検知の重要性
- AIによる異常検知とは
- 従来手法の限界
- AIによる異常検知のメリット
- AIによる異常検知のメリット①:微妙なパターンも逃さない
- AIによる異常検知のメリット②:複数のデータを同時に扱える
- AIによる異常検知のメリット③:経験や勘に頼らない
- AIによる異常検知のメリット④:学習を重ねることで検知精度を高められる
- AI異常検知の事例3選
- AI異常検知の事例①:画像による外観検査
- AI異常検知の事例②:センサーデータからの異常振動検知
- AI異常検知の事例③:故障予知(予知保全)
- 異常検知でよく使われるAIアルゴリズム7選
- LSTM:時系列データの変化を学習し、未来予測で異常を捉える手法
- オートエンコーダ:正常データだけで学習し、復元誤差から異常を検出
- CNN(畳み込みニューラルネットワーク):画像の特徴を自動抽出し、高精度に不良を判定
- サポートベクターマシン:正常データとの“境界”を数理的に定義し、外れを異常と判定
- ベイジアンモデル:確率的に異常の“度合い”を評価し、グレーゾーンを柔軟に検知
- PaDiM(Patch Distribution Modeling):画像の小領域ごとの分布を学習し、微細な異常を検出
- PatchCore:少ないデータで高精度な画像異常検知が可能な最新手法
製造業における異常検知の重要性

製造現場では、設備トラブルによる突発的なライン停止が大きな経済的損失を引き起こします。
例えば、トヨタ自動車では1日稼働が止まると500億円の経済損失になると言われています1。自社の売上に影響するだけでなく、サプライヤーの生産計画への影響や製品の納期遅延など、取引先にも影響を与えることになります。
また、日本の製造業では人口減少に伴い、設備保全を担う熟練技術者の数が減少しています。設備によっては経験豊富なベテランが、音や振動などを五感を使って“機械の異変”を察知していました。しかし、団塊の世代やバブル期の大量採用の世代の引退が始まっており、こうしたノウハウの継承が難しくなってきています。
その一方で、設備自体は年々複雑化・多様化しており、少人数体制で大量の設備を安定稼働させることが求められるようになっています。
また、異常が発生してから対応する「事後保全」では、修理費用だけでなく、被害の拡大による二次的なコストが発生します。
例えば化学プラントでは、原料投入用のバルブが破損し、原料が漏れてしまった場合、バルブの交換費用に加えて、漏れた原料の損失や、工場の清掃費用も発生します。しかし、もし定期メンテナンス時に「バルブが壊れそうだ」という兆候を事前に把握できていれば、バルブ本体の交換だけで済み、保守コストを最小限に抑えることができます。
このように、異常を「発生してから対応する」のではなく、「発生する前に兆候をつかんで計画的に対処する」ことが、これからの製造業の保全における課題と言えます。
AIによる異常検知とは

AIによる異常検知とは、カメラやセンサーから収集した膨大なデータをもとに、設備や製品の「通常とは異なる状態」を自動的に見つけ出す技術です。
従来は、人間があらかじめ閾値やルールを設定し、その基準を超えたらアラートを出す方法が主流でした。
一方でAIでは、過去の「正常な状態」のデータを学習し、そのパターンから外れた挙動や特徴を検出することで異常を判断します。
仕組みを簡単に説明すると、AIによる異常検知は次のような流れで行われます。
1.正常データの学習:設備から取得した画像・振動・温度などのデータをAIに読み込ませ、正常な状態の特徴を学習させます。
2.新しいデータの監視:学習後も定期的に設備のデータを取り込み、常に状態をモニタリングします。
3.異常パターンの検出:新しいデータが過去の正常パターンと大きく異なる場合、AIが異常の可能性を検知し、アラートを出します。
特に「機械学習」という技術を使うことで、従来のように人が細かくルールや閾値を設定しなくても、AIが自律的に正常・異常の境界を学び、判断できるようになります。
従来手法の限界

従来の異常検知では、「もし温度が◯℃を超えたら異常とする」「振動値が△△を超えたら警告を出す」といったルールベース(if-thenルール)による判定が主流でした。
この方法はシンプルで導入しやすい一方で、想定外のパターンには対応しづらいという限界があります。たとえば、複数の要因が組み合わさって異常が発生する場合や、わずかな変化が予兆として現れるケースでは、固定的なルールでは検知できないことが多いのです。
さらに、ルールベースで簡単に判断できないケースは熟練の保全員の経験や勘に頼ることが多く、保全員が引退したときにその技術が受け継がれないというリスクを抱えています。
こうした課題から、AI活用が注目されています。
AIによる異常検知のメリット

AIによる異常検知のメリットは、以下の通りです。
AIによる異常検知のメリット①:微妙なパターンも逃さない
AIの強みは、人間や従来のルールベースの判定では見逃してしまうような「微妙な変化」を捉えられる点です。
例えば、モータのベアリングの劣化やポンプのわずかな振動異常など、初期段階では数値の変化が非常に小さいため、設定した閾値を超えずに見過ごされるケースがあります。AIは過去の正常データをもとにパターンを細かく学習しているため、数値のわずかなズレや異常な変化傾向を検出することが可能です。
これにより、故障やトラブルが顕在化する前の“予兆”段階で異常を察知し、計画的な保全対応へとつなげることができます。
AIによる異常検知のメリット②:複数のデータを同時に扱える
従来手法では、温度や振動といった単一のデータを個別に監視することが一般的でした。しかし、実際の設備異常は複数の要素が複雑に絡み合って発生するケースが多く、単一の指標だけでは兆候を正確に捉えきれないことがあります。
AIは、振動・温度・電流・画像データなど、複数のデータを同時に解析し、それらの相関関係から異常を検知できます。例えば、振動の微増と温度の緩やかな上昇が同時に起こっている場合、個別の変化は小さくても、AIはそれらを組み合わせることで潜在的な異常を早期に見つけることができます。
こうした多面的な分析により、従来よりも精度の高い異常検知が可能になります。
AIによる異常検知のメリット③:経験や勘に頼らない
従来の異常検知では、最終的な判断を熟練作業者の経験や勘に委ねる場面があり、ノウハウの属人化が大きな課題でした。優秀な熟練作業者がいれば高精度な判断ができますが、退職によってこのノウハウが失われるリスクがあります。
AIによる異常検知では、過去のデータをもとに学習したAIモデルが判定を行うため、個人のスキルや経験に依存せずに安定した検知が可能になります。若手がすぐに現場対応がしやすくなる点と、異常検知のノウハウが「AIモデルという会社の資産」に属するようになることが大きなメリットです。
AIによる異常検知のメリット④:学習を重ねることで検知精度を高められる
AIは、新しいデータを取り込みながら継続的に学習を重ねることで、検知精度を高めていける点もメリットです。
AIは実運用の中で蓄積されるデータをもとにモデルを更新し、より実態に即した異常判定が可能になります。これにより、現場環境の変化にも柔軟に対応でき、長期的に精度を維持・向上させることができます。つまり、AIを導入することで設備の稼働を続けるほど異常検知の精度が上がっていく仕組みを構築できるのです。
AI異常検知の事例3選
ここでは、実際に製造現場で活用が進んでいるAI異常検知の代表的な3つの事例を紹介します。
・画像による外観検査
・センサーデータからの異常振動検知
・故障予知(予知保全)
順番に見ていきましょう。
AI異常検知の事例①:画像による外観検査
カメラで撮影した製品画像をAIで解析し、良品・不良品を自動で判定する活用例です。
外観検査はこれまで人手やルールベースの画像処理に頼ることが多く、微細な傷や欠け、異物混入といった不良を見逃したり、検査員の熟練度によって判定精度にばらつきが出るといった課題がありました。
AIを用いた外観検査の事例としてオムロンの画像処理システム「FHシリーズ」2を紹介します。
同製品はAI欠陥検出アルゴリズムを活用し、モータの溶接部の不良やガラス瓶の口欠けなどを高精度に判定しています。これにより、検査時間の短縮と品質の安定化を両立し、人手不足の現場でも高い検査精度を維持できる仕組みが構築されています。
AI異常検知の事例②:センサーデータからの異常振動検知
モータやポンプなどの設備に取り付けたセンサーから振動・温度・電流などのデータを取得し、AIがその変化を解析して異常振動を検知する活用例です。
実際の製品例として、Analog Devicesの「スマートモーターセンサー(SMS)」3があります。
専用のセンサーをモータにクランプするだけで取り付けが完了し、24時間体制で監視。自動でモータ稼働データを学習し、不具合の予兆が検知されると原因の箇所と対策をGUIで表示します。
同製品は車体塗装工程での実績があり、ポンプやファンの異常振動の検知に使われています。
AI異常検知の事例③:故障予知(予知保全)
設備の稼働データをAIに解析させ、故障が起こる前の“兆候”を検知して計画的な保全につなげるのが、予知保全の活用例です。
実際の製品事例として、ファナックの「AIサーボモニタ」があります4。
工作機械の駆動軸の速度やトルクといったファナック製サーボモータのデータをAIが解析し、故障の予兆を自動的に検出。異常が検知されると、メール通知やガイドに基づいて点検作業を進められるため、AIやデータ分析の専門知識がなくても効果的な予防保全が可能です。
異常検知でよく使われるAIアルゴリズム7選

AIには様々なアルゴリズムが存在し、対象とするデータの種類や目的によって適したアルゴリズムがあります。
ここでは、異常検知でよく使われるAIアルゴリズムを7つ紹介します。
LSTM:時系列データの変化を学習し、未来予測で異常を捉える手法
LSTM(Long Short-Term Memory)は、時系列データの変化パターンを学習することに優れたニューラルネットワークの一種です。モータの振動やポンプの温度といった連続的に変化するデータに対して、「過去の状態から次にどうなるか」を予測し、その予測値と実測値のズレが大きい場合に異常と判断します。
通常のRNN(リカレントニューラルネットワーク)は長い時系列データの学習が苦手でしたが、LSTMは「記憶セル」と呼ばれる仕組みによって、長期間にわたるデータの依存関係も正確に捉えることができます。そのため、振動や温度の微妙な変化が時間をかけて蓄積するような故障の予兆検知に向いています。
本アルゴリズムの事例として、大阪大学 接合科学研究所で放電加工機の異常検知の取り組みが行われています5。
オートエンコーダ:正常データだけで学習し、復元誤差から異常を検出
オートエンコーダは、データを一度「圧縮」してから「復元」する過程を通じて、正常な状態の特徴を学習するディープラーニング手法です。正常データで学習したモデルは、正常な入力であれば元の状態に近い形で復元できますが、異常なデータを入力すると復元がうまくいかず、再構成誤差が大きくなります。この誤差をもとに異常かどうかを判断するのが基本的な仕組みです。
教師データとして「異常データ」を用意する必要がなく、正常データだけで学習できる点が大きな特徴です。特に外観検査との相性が良く、正常な製品画像を学習しておけば、不良品の画像を入力した際に復元のズレが発生し、傷や欠けなどの異常箇所を検出します。
CNN(畳み込みニューラルネットワーク):画像の特徴を自動抽出し、高精度に不良を判定
CNN(Convolutional Neural Network、畳み込みニューラルネットワーク)は、画像から特徴を自動的に抽出することに優れたディープラーニング手法です。人間があらかじめルールを設定しなくても、傷・欠け・汚れといった画像中の特徴を自律的に学習できるため、外観検査の分野で広く活用されています。
従来の画像処理では、「この形が不良」「この色の変化が異常」といった条件を人手で設定する必要がありましたが、CNNを使えば大量の画像データからAIが特徴を自動で学び、高精度な判定を行えます。例えば、製品表面の微細な傷や異物混入など、従来のルールベースでは検知が難しかった「水滴や虫の付着による欠陥」も、CNNによって高い再現性で検出可能です。
本アルゴリズムの事例として、オムロンでシート検査装置における異常検知の取り組みがなされています6。
サポートベクターマシン:正常データとの“境界”を数理的に定義し、外れを異常と判定
サポートベクターマシン(SVM:Support Vector Machine)は、正常データと異常データの境界を数理的に引くことで分類を行う機械学習手法です。
特に「正常データだけ」を使って学習し、その範囲から外れたデータを異常とみなす”One-Class SVM”と呼ばれる手法は、異常データの収集が難しい製造現場でも有効に活用できます。
例えば、モータやポンプの振動データを正常運転時に収集しておき、その特徴を学習させることで、通常と異なる振動パターンが現れた際に異常として検知することが可能です。
ベイジアンモデル:確率的に異常の“度合い”を評価し、グレーゾーンを柔軟に検知
ベイジアンモデルは、確率論に基づいて「どの程度異常であるか」を数値で評価できる手法です。あらかじめ正常データの分布を学習し、新しいデータがその分布からどのくらい外れているか「異常度」を計算します。単に「異常/正常」と二分するのではなく、「異常の可能性が高い」「やや異常」といった柔軟な判定ができるのが特徴です。
この特性は、設備の状態が明確に正常・異常に分けられないグレーゾーンの判定に有効です。例えば、センサー値が閾値ギリギリのときでも、異常の度合いを定量的に示すことで、現場担当者が対応の優先度を判断しやすくなります。
PaDiM(Patch Distribution Modeling):画像の小領域ごとの分布を学習し、微細な異常を検出
PaDiM(Patch Distribution Modeling)は、画像を”パッチ”と呼ばれる小さな領域ごとに、それぞれの特徴分布を学習することで異常を検知する手法です。
正常な製品画像を学習し、各パッチごとに特徴の分布をモデル化しておくことで、新しい画像のパッチがその分布から外れていれば異常と判断します。
PaDiMの大きな特徴は、正常データだけで高精度な異常検知が可能な点です。異常画像を事前に用意する必要がないため、実際の製造現場でも導入しやすく、外観検査の分野で特に注目されています。微細な傷や汚れなど、人間の目では見落としやすい異常も高い精度で検出できます。
PatchCore:少ないデータで高精度な画像異常検知が可能な最新手法
PatchCoreは、正常な画像データから特徴ベクトル(画像の特徴を数値化したもの)を抽出・保存し、新しい画像と比較することで異常を検出する手法です。パッチごとに生成した特徴ベクトル同士の“類似度”をもとに判定を行うため、異常の種類を事前に定義しなくても、正常状態とのわずかな違いを高精度に捉えることができます。
PatchCoreの特徴は、少ない学習データでも高い精度を発揮できる点です。そのため、製造現場への導入ハードルが低いアルゴリズムとして注目されています。
特に、電子部品の外観検査など、微細なキズ・欠け・異物混入といった不良を検出する用途への活用が進んでいます。
- 出典:ものづくり太郎チャンネル「保全革命始動!!保全の工数は劇的に少なくなる。」 ↩︎
- 出典:オムロン「FHシリーズ」 ↩︎
- 出典:NEXTY Electronics「AI機械学習がモーターを診断スマートモーターシステム」 ↩︎
- 出典:FANUC「工作機械の設備保全のソフトウェア AIサーボモニタ」 ↩︎
- 出典:大阪大学 接合科学研究所「放電加工機の異常検知(深層学習)」 ↩︎
- 出典:オムロン「AI技術によるシート検査装置の欠陥分類性能向上」 ↩︎


