【2025年版】フィジカルAIとは?生成AIとの違い・主要企業・日本の取り組みまで解説

2025.10.20

フィジカルAIとは?生成AIとの違い・主要企業・日本の取り組みまで解説

近年、AIの進化は目覚ましく、文章や画像を生成する「生成AI」が広く知られるようになりました。

しかし、その活用領域はデジタル空間にとどまらず、現実世界へと急速に広がっています。注目を集めているのが「フィジカルAI」です。

フィジカルAIとは、カメラやセンサーを通じて取得した現実の情報をもとに、ロボットや機械が自律的に動作するための技術のこと。ロボット業界では、柔軟に作業をこなす次世代ロボットの実現に欠かせない要素として注目されています。

本記事では、従来のAIとの違いや必要な技術要素、国内外の企業・活用事例を交えながら、フィジカルAIの基本をわかりやすく解説します。

フィジカルAIとは

写真:photoAC

「フィジカルAI(Physical AI)」とは、現実世界の情報をリアルタイムに取得・処理し、物理法則に基づいて実際に行動するAIのことを指します。

例えば工場では、これまで人が対応していた荷物の運搬や組立といった作業を、ロボットが自ら周囲の状況を認識し、判断して動作できるようになります。カメラや各種センサーで環境情報を取得し、AIがその情報を解析して最適な行動を決定。モータ・アクチュエータに指令を送り、物理的な動作を行います。

つまり、フィジカルAIは「現実世界→AI処理→現実世界へのフィードバック」というループを構築する技術であり、これからのロボットの知能化技術として大きな注目を浴びています。

従来のAIとの違い

従来のAIとフィジカルAIの最大の違いは、対象がデジタル空間か、物理空間かという点にあります。

従来のAIの活用例は、たとえば
✅画像認識モデルによる良品・不良品の判定
✅生成AIによる文章・画像生成
など、デジタルデータを入力・出力するものでした。

一方でフィジカルAIは、
📹カメラやセンサーからリアルタイムに取得した現実世界の情報を入力し、
🤖ロボットの動作や制御信号として出力します。

従来のAI活用例である異常検知については、こちらの記事で詳しく解説しました。

物理法則を理解しない生成AI

現在広く使われている生成AIは、テキストや画像・動画の生成に優れている一方で、物理法則を正しく理解しているわけではありません

たとえば、動画生成AI「Sora」に次のプロンプトを入力してみました。

Japanese high school girl doing a back flip on the horizontal bar
(日本の女子高生が鉄棒でバック宙をしている)

出力された結果が、こちらです。

一見それらしく見える動画が生成されましたが、よく見ると
・飛び上がる直前に、足が鉄棒にめり込んでいる
・宙返りの軌道も不自然
といった、物理的に破綻した動作が含まれていました。

生成AIは画像や動画のパターンを統計的に学習しているだけであり、重力や慣性といった物理現象を本質的に理解していないことがわかります。

フィジカルAIの学習に必要な4つの要素

フィジカルAIの学習に必要な4つの要素は、以下の通りです。

①物理シミュレーション環境
②学習アルゴリズム
③学習データ・報酬設計
④実機との接続

順番に見ていきましょう。

①物理シミュレーション環境

物理シミュレーション環境は、フィジカルAIを学習させるための”仮想世界”です。
フィジカルAI学習の過程で、実機を用いて大量に動きを試行錯誤させると時間的・コスト的にもかかります。そのため、まずは現実世界を模擬した物理シミュレーション環境でAIを鍛えるのが基本です。

物理シミュレーションの代表的な要素は、以下の通りです。

要素内容
🌍 物理エンジン剛体・柔体・摩擦・衝突・流体など現実に近い物理挙動を再現
(例:PhysX、MuJoCo、Bullet、Gazebo)
🤖 ロボットモデルURDFやUSDでロボットの構造・リンク・ジョイント・可動範囲を正確に定義
👁 センサーシミュレーションカメラ、LiDAR、IMUなどを仮想的に再現。AIが「環境を見る」ために不可欠
🏗 環境モデル工場・倉庫・家庭など、タスク対象となる空間の3Dモデル

②学習アルゴリズム

フィジカルAIは、ロボットにどう動けばよいかを学習させる必要があります。
ここで使われるのが、以下のような学習アルゴリズムです。

アルゴリズム特徴代表的な用途
強化学習試行錯誤と報酬最大化で最適方策を学ぶ物体把持、歩行制御など
進化型アルゴリズム勾配が取れない場合でも最適化可能制御パラメータ、方策探索、複雑な非線形最適化
模倣学習人間の操作データなどを教師として学ぶ教示によるロボット動作の再現、データ効率化
表現学習視覚情報やセンサー情報からタスクに必要な情報を抽出π0などの基盤モデルの事前学習フェーズで活用

ヒューマノイドや四足歩行ロボットの学習アルゴリズムは、強化学習が多く使われています。

③学習データ・報酬設計

AIは、ただ環境とアルゴリズムを与えるだけでは勝手に良い動作を学ぶことはできません。
何を目標に、どんな行動が良いのかを学習データ・報酬設計として与える必要があります。

要素内容
🎯 タスク定義「箱を拾って棚に置く」など、AIが達成すべき行動目標
📝 データセット
模倣学習用の人間デモ、シミュレーションログ、センサー記録など
💰 報酬設計強化学習では報酬の設計が学習成否の鍵。距離・成功判定・時間など

特に報酬設計は難所で、「報酬ハッキング(間違った行動で報酬を最大化してしまう)」がよく起きます。

④実機との接続

フィジカルAIは最終的にロボットなどの実機で動かすことが目的なので、シミュレーションで学んだ知識を実機に転移(Sim2Real)する仕組みも必要です。

実機で直接強化学習をして、何千回もロボット実機が転びながら学習していくのは現実的ではありません。そのため、シミュレーション上で学習をするのが一般的です。学習した動きを実機に転送するために、このSim2Realの技術が実用化において重要になります。

要素内容
🔁 ROS / ROS2 連携シミュレーションで学んだポリシーをROS経由で実機に送る
⚙ 制御系実ロボットのモーター・関節・センサーとAIを結ぶミドルウェア
🌍 ドメインランダム化シミュレーション環境にわざとばらつきを与えて、実環境でも対応できるようにするテクニック

フィジカルAI関連企業・研究機関5選

フィジカルAIは、ロボット・センサー・AIモデル・シミュレーション環境といった複数の技術領域を横断するため、一社単独で完結する技術ではありません。実際には、AI基盤を提供する企業、ロボットを開発する企業、実際のユースケースで活用する企業などがエコシステムを作っています。

ここでは、フィジカルAIの発展を牽引する代表的な企業および研究機関を5社紹介します。

NVIDIA:ハード・ソフト両面でフィジカルAI開発を支える

NVIDIAは、AI学習やロボティクス分野においてインフラ提供者として中核的な存在になっています。特にフィジカルAIに関連する技術として注目されているのが、以下の2つです。

1.Omniverse(オムニバース)
現実世界を高精度に再現する3Dシミュレーション・コラボレーション基盤です。開発者は仮想空間上でロボットを動かし、衝突・摩擦・照明・カメラ視点などをシミュレーションしながら、実機に近い環境でAIを学習させることができます。いわば、フィジカルAIにおける“仮想の訓練場”です。

2.Jetson(ジェットソン)シリーズ
エッジ側でAI処理を行うための小型高性能コンピューティングモジュールです。工場や倉庫などの現場で、カメラやセンサーから取得した情報をリアルタイムに処理し、ロボットの制御に反映するための中核的な役割を担います。

NVIDIA Omniverse とは?(日本語字幕付き)

Physical Intelligence:ロボット用基盤モデルを開発する新興企業

Physical Intelligenceは、Google出身のエンジニアたちが2024年に設立した米国のスタートアップです。同社はロボットに汎用的な知能を与える「基盤モデル」の開発を目指しています。代表的な成果が、ロボット用の大規模モデル「π0(パイ・ゼロ)」です。

このモデルは、従来の特定タスク専用ロボットとは異なり、1つのモデルで多様な物理タスクをこなせる点が特徴です。デモンストレーションでは、
・洗濯物を畳む
・食器をコンテナに片づける
といったタスクをロボットがこなしており、フィジカルAIの基盤モデル企業として世界的に大きな注目を集めています。

Physical Intelligence Introduces π0 (pi-zero), a General-Purpose Robot Foundation Model

従来の産業用ロボットにとって、布類のような柔らかく不定形なものを扱うことは非常に難しい作業です。2024年の設立から短期間でここまで高度なタスクを行うフィジカルAIを開発した成果は、驚異的と言えます。

Google:言語モデルの知見をロボティクスへ応用

GoogleはこれまでもRT-2などのロボット用AIを発表してきましたが、2025年3月に最新のロボットAI基盤モデル「Gemini Robotics」を発表しました。Gemini Roboticsは商用LLM「Gemini 2.0 Flash」をもとに、ロボット用のフィジカルAIとしてチューニングしたものです。

下記のデモ動画では「バナナを透明な箱に入れて」といった人間の言葉を理解し、命令を実行しています。途中で箱を動かしてもリアルタイムに箱の位置を認識して目的地を修正する様子が確認できます。

Gemini Robotics: Bringing AI to the physical world

AgiBot:中国初のヒューマノイド・フィジカルAIユニコーン企業

AgiBot Innovation Technology(智元新創技術、AgiBot)は、中国のヒューマノイドやロボットAIを手掛けるユニコーン企業です。

同社はもともと人型ロボットのベンチャー企業でしたが、2025年3月にロボットAIのVLA(Vision-Language-Action model)「GO(Genie Operator)-1」を発表しました。

このロボットAIの特徴は、学習データをすべて人手でチェックしていることです1。基準以上のデータを選別することで質の高いデータを学習に使え、ロボットの動作性能を高めることができます。膨大な学習用データを人海戦術で処理していくのは、人手の多さを活かした中国らしい取り組みと言えます。

AgiBot GO-1: The Evolution of Generalist Embodied Foundation Model from VLA to ViLLA

清華大学:学術界からロボットAIモデルを発表

中国・清華大学(Tsinghua University)は、AI分野で世界的な研究力を持つ大学の一つです。フィジカルAIの分野でも独自のロボットAIモデル「RDT(Robotics Diffusion Transformer)-1B」を2024年10月に発表しました。

RDT-1Bは、Diffusion Model(拡散生成モデル)とTransformerを組み合わせた独自アーキテクチャを採用し、12億パラメータを持つ大規模モデルです。複雑な動作や教示されていない未知のタスクを、高い精度と汎用性で実行できる点が特徴です。

双腕ロボットのALOHAを用いたデモでは、ジョイスティックで四足ロボットを操作したり、カップに水を指定された量だけ注ぐといったタスクを実行しています2

現状は米国がフィジカルAIの取り組みでやや先行している印象ですが、中国は国全体で特定産業を推進していく点が強みです。中国では、大学・企業・政府が一体となってロボティクス研究を進める体制が整っており、清華大学はその中心的な役割を担っています。

日本のフィジカルAIへの取り組み

現時点でフィジカルAIは米国・中国が先行する一方で、日本でもフィジカルAIへの取り組みが始まっています。

経済産業省とNEDOは205億円を投じ、ロボット基盤モデルの構築を進めています3。開発を担うのは「一般社団法人AIロボット協会(AIRoA)」で、トヨタ自動車・三菱電機・Telexistenceなどが参画。
AIREC-BasicやHSRといったロボットを活用して操作データを収集し、まずは学習データの基盤整備を目指しています。

まとめ

今回は、フィジカルAIについて、生成AIとの違いやフィジカルAI関連企業、日本のフィジカルAIへの取り組みについて紹介しました。

フィジカルAIは、デジタル上で動くAIを現実世界で活かすための鍵となる技術です。特に、ロボットを自律的に動かす新しい技術として注目されています。

米中の先行事例や国内のフィジカルAI開発・活用が進むにつれて、適用事例が着実に増えていくでしょう。今後の動向を引き続き追っていきたい技術です。

  1. 出典:日経ロボティクス「躍進する中国のロボAI、ヒューマノイドのAgiBotが100万件データ公開、線材空間で行動生成のVLA」、2025年6月 ↩︎
  2. 出典:「RDT-1B: a Diffusion Foundation Model for Bimanual Manipulation↩︎
  3. 出典:ニュースイッチ「日本発の「フィジカルAI」が始動する、経産省・NEDOが205億円投資↩︎